大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和40年(オ)1241号 判決

上告人(原告・控訴人) 工藤規一

右訴訟代理人弁護士 小山内績

被上告人(被告・被控訴人)

株式会社弘前相互銀行

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人小山内績の上告理由第一について。

本件公正証書は控訴人(上告人)被控訴人(被上告人)間に締結された本件準消費貸借上の債務について控訴人の代理人である訴外岩間貫一らの嘱託により作成されたものである旨の原告の判断は、証拠関係に照らし相当であり、右公正証書作成の経緯について原審が確定した諸般の事情のもとでは、同公正証書は有効である旨の原審の判断は、正当である。したがって、原判決に所論の違法はなく、所論は原審の適法にした証拠の取捨判断および事実の認定を非難し、右と異なった見解に立って原判決を攻撃するに帰するから、採用できない。

同第二について。〈省略〉

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柏原語六 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎)

上告代理人小山内績の上告理由

第一、本件公正証書は無効である。

一、上告人は、この点について左の如く主張した(原判決二枚目裏)。

本件公正証書は昭和二十九年四月十二日に作成されたものである処、「被控訴人(被上告人)が公証人に対し、本件公正証書の作成を嘱託するために提出した控訴人(上告人)、工藤シナ及び工藤規吉の各印鑑証明書は、さきに控訴人(上告人)が被控訴人(被上告人)から無尽金の給付を受けるにあたって被控訴人に差出しておいたもので、控訴人(上告人)及び工藤シナの印鑑証明は昭和二六年六月二九日、工藤規吉のそれは昭和五年一一月三〇日の作成にかかり、いずれも作成後六ヵ月を経過した不適式のものである。被控訴人がこのようなものを用いて本件公正証書を作成したのは、同人が控訴人(上告人)から公正証書作成に対する承諾を得られなかったため、新たに適式な印鑑証明書の交付を受けられなかったからである。」

二、之に対し、原判決は、第一審判決の理由を引用し、「控訴代理人主張のように、本件公正証書の作成に用いられた控訴人らの印鑑証明書が作成後六月を経過した不適式のものであっても、……右認定を左右し得ない。」(原判決理由の一の(二))と判示した。而して第一審判決の理由の要旨は、昭和二十八年九月三十日当事者間に於て、公正証書作成の合意が成立し、上告人らから被上告人に公正証書作成方嘱託に必要な委任状を交付したものであるから、昭和二十九年四月十二日に作成された本件公正証書は有効である、というのである(第一審判決五枚目表から裏にかけて)。

三、公証人法第二八条によれば、公証人は嘱託人の人違いなきことを確認しなければならないと、左の如く規定している。

「公証人証書を作成するには、嘱託人の氏名を知り、且之と面識あることを要す。

公証人嘱託人の氏名を知らず、又は之と面識なきときは、官公署の作成したる印鑑証明書の提出、その他之に準ずべき確実なる方法に依りその人違なきことを証明せしむることを要す。

急迫なる場合に於て公証人証書を作成するときは、前項の手続は、証書を作成したる後三日内に証書の作成に関する規定に依り之を為すことを得」。

四、公証人法及同法施行規則には、嘱託人が公証人に提出すべき印鑑証明書が、作成後何ケ月以内のものでなければならないとの規定がない。

然し乍ら、法務庁民事局長から仙台司法事務局長宛の昭和二十四年五月三十日付通達(甲第八号証)によれば、「嘱託人の人違でないこと……を証明する……証明書は作成後六月以内のものでなければならない。」(同通達二)と定められている。

不動産登記法施行細則第四十四条の四によれば、

「……印鑑の証明書……にして官庁又は公署の作成に係るものは、其作成後三箇月以内のものに限る。」

と定められている。

商法第二五六条によれば、取締役の任期は二年を超ゆることを得ない。故に訴訟提起その他の場合に於て、二年以上前の登記簿抄本等によって、資格を認めることが妥当でないことは、多言を要しないであろう。

五、以上によれば、公証人法及同法施行規則に特段の規定がなくても、文書作成の嘱託の際に提出すべき印鑑証明書がおよそ六箇月以内のものでなければならないことは、我国の法慣習である。

本件公正証書作成嘱託の際に提出された印鑑証明は、何れも二年八ケ月以上又は三年四ケ月以上前の作成のものである。

而して、工藤規吉の印鑑証明書は八戸市長夏堀悌二郎の作成で、工藤規一、工藤シナの印鑑証明書は八戸市長村井倉松の作成に係るものである(甲第二号証の五、六、七)。

斯る印鑑証明書が、人違いのないことを証明する文書として有効であるというのであれば、四年又は五年前作成のもの、極端に言えば、拾年前作成のものでも有効であるということになる。

仮りに、百歩を譲り、公証人法及同法施行規則に定めがないから六箇月以上前作成のものでも有効であるとしても、第一審判決認定の如く、本件公正証書作成の合意が昭和弍拾八年九月参拾日成立したものとすれば、遅くも、その当時作成のものでなければ、公証人は嘱託人の人違いのないことを確認出来ないと謂うべきである。否、むしろ二年又は三年前のものであれば、人違いである(嘱託人に、公正証書作成嘱託の意思がない)ものと認めなければならない。殊に本件に於ては、証書作成の際には、既に弁済期を経過し、証書作成と同時に強制執行を受けることになるので、殊に、取扱いが慎重でなければ、有効な公正証書と認めることが出来ない。

公証人法第二十八条第三項は嘱託の際に適式な印鑑証明書を提出することが出来ないときは、証書作成後三日内に迫完することを認めている。然るに、本件公正証書作成については、斯る措置も全然採られていない。本件の如き場合に公正証書が有効であるとすれば、法秩序の安定を害し、社会生活上極めて危険である。本件公正証書は公証人法第三十八条に違反し、無効であることは疑いの余地がない。

第二、本件公正証書に基く債務は消滅したものである。〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例